Cheveux écarlate -緋色の髪の男-
《 2 》
フルリ―――
早朝、僅かに開いた窓から入り込んでくる冷たい風に肌寒さを感じ、俺は目を覚ました。
外から話し声が聞こえる。
窓から見下ろすと、丁度ヅラが辰馬と高杉を送り出しているところだった。
「忘れ物はないか?体には十分気をつけるんだぞ。大きな町では感染度の高い疫病が流行っていると聞く・・・」
「わかっとるき、ほがぁに心配せんでも大丈夫じゃ♪」
「うむ、それもそうだな。すでに馬鹿であるお前が病などかかるはずもなかった。いらぬ心配をしてしまったようだ。」
「あっはっはぁ!!天よぉ、コイツに隕石ばぁ叩き落としてくださぁい!」
「おぃ、そろそろ行かねぇと便逃すぞ。」
「ほうじゃな。ッお?きーんときー!行ってくるぜよぉ♪」
辰馬が寝室の窓際に立つ俺の存在に気付き、やたらでかい声を張り上げブンブンと手を振ってくる。
朝っぱらから騒々しいったらありゃしねぇ・・・
銀時だっつってんだろ!いいからさっさと仕事行きやがれッッッ!!!
、と叫び返してやろうかとも思ったが、時間もなさそうだし、ウジウジとイジけだすのが目に見えていたからやめておいた。
「あぁ、気ぃつけてな。」
「・・・・・・金時が素直じゃ・・・のぉヅラ、あいと例の疫病に」
「とりあえずオメーはさっさと死ね。」
前言撤回だ。
コイツに少しでも気を遣っちまった俺がバカだった・・・
そうして二人は家を後にした。
しつこく後ろを振り向いては手を振っていた辰馬も、一度も振り向かず黙々と歩いていた高杉も、やがて小さくなり見えなくなった。
辰馬達が歩いて行った方角をしばらくぼぉっと見つめていたが、不意に出た大きな欠伸が覚醒し始めていた意識を再度沈めようとする。
「もう一眠りすっか・・・」
睡魔の誘惑に素直に応じ、寝ぐせで爆発した頭をガリガリ掻きながらベッドを目指そうとしたその時だ。
「銀時ぃ!」
ヅラが階下から俺を呼ぶ声が響いた。
いつもならこんな朝早くから起こしに来ることもないというのに、一体なんだってんだ。
聞こえないフリをしてベッドに入ろうとする俺の耳にヅラの言葉が続く。
「お前に電話だ。仕事の依頼なんじゃないか「今下りる。」
一気に目が冴えた。
仕事の依頼とあらば飛びつかない訳には行くまい。
唯でさえ高い収入を望めない『何でも屋稼業』。仕事が入るなら何だって喜ばしいのだ。
せっかくの儲け話を無碍にしないように、俺は急いで電話の元へと向かった―――。
「よぉ銀さん!こないだは世話んなったなぁ!」
「あぁ!また何時でも声かけてくれや。」
「ひさしぶりぃ銀さんッ相も変わらずの天パだなぁ!」
「おっちゃんこそ相変わらずのハゲ散らかりようでゴハッッ」
「ちょっと銀さん、来月の祭典準備で人手が足りないのよ。頼んでいいかしら。」
「悪ぃんだが先約があるんだ。知り合いに頼りになる奴らがいっから、代わりに向かわせるわ。」
ところ変わってここは町外れを抜けた、いわゆる都。
まだ日もさほど高くないうちから商人達の声や多くの人々が行き交い賑わいを見せている。
大通りを歩けば嫌でも知り合いと出くわす程だ。
声をかけられればそのたんびに言葉を返す。
だがそれを疎ましいと思ったことなど一度もない。
仕事柄、金より人脈の方が増え、広がっていく。
ただ依頼された仕事をしているだけなのに、街の人達は俺を心から信頼し、頼ってくれていた。
だからこそ、俺自身この街が、この街に住む人達が好きだった。
今も丁度依頼を頼まれた帰り道。
電話ではなく直接家まで来てほしいと言われ街まで足を運んだ。
住所を聞いて向かった先は、とある富豪の大邸宅だった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・俺の名も随分と広がったもんだ。
広がり過ぎではないか?
これだけの屋敷を建てられる金持ちが俺のような小者に依頼を持ちかけるということは、つまり・・・公にしたくない内容と考えるのが普通だ・・・
そして実際その通りだった。
大通りを過ぎ、道行く人もだんだん減ってきて周りが静かになったところで、俺は先程の依頼の内容を思い返していた。
「様子見ったってなぁ・・・・・・・・・・、ぁ」
もうすぐ街外れの林道に差し掛かる手前、向こうの方からよく見知った顔が歩いてきているのが見えた。
眉間に深く皺を寄せ瞳孔を開き俯き加減で歩いてくる強面。
何か考え事をしているのだろうが、あれではイラついているようにしか見えない。
その後方で、偶然通りかかったチビッ子達が運悪くソイツの顔を間近で見てしまったらしくビービー泣いている。
普段なら女共が揃って黄色い声を上げるこの男も、今のこの顔では子供が泣いて逃げ出して当然だ。
「おいコラ、いつまでんな鬼みてぇな顔でいる気だ?」
「あぁ!?・・・あぁ、銀時か。」
ホントにイラついてやがったのか;;;
「さっきまでおめぇ全く周り見えてなかったぞ?カルシウム足りてる?」
「少し考え事してただけだ。」
やっぱ考え事かよッ紛らわしいんだよてめぇの言動行動はいちいちッッ
「おいおい、街を守る保安さんがそんなでいいのかぁ?人助ける前に自分が撃たれて終わっちまうな。」
「うるせー。てめぇなんぞに言われるまでもねぇんだよ。オフだから少し気が抜けただけだ。」
「オフ、ねぇ・・・そんな風には見えねぇけど。家と逆方向に何か用事でも?」
「・・・・・ハァ・・そりゃぁお互い様だろ。てめぇだって逆方向じゃねぇか。仕事の帰りか?」
「逆だよ。仕事はこれからだ。今は依頼主んとこからの帰り。お前は?土方。」
「俺は・・・」
土方十四郎。
街の保安部に所属している男だ。
いつかの俺への依頼とコイツの仕事がダブり、結果的に二人で事件の解決をしてしまって以来の腐れ縁だった。
この男は頭がキレるわりに、事件性を感じると単独で調査を始めてしまう性質の悪い行動派だ。
おそらく今回も似たような理由で動いているんだろう。
「オフを使って、単独で調査している。どうしても気になることがあってな。」
・・・似たような理由どころかまんまじゃねぇか。
「で?その気になることってーのは?」
「・・・・・シュヴー・エカラート。」
「ッ!」
「お前も話ぐらいは聞いたことあんだろ。嫁を何人も迎えているが、嫁いだ嫁はことごとく行方不明になっている。だが保安はこの件に関して一切触れようとしていない。何故か家族からの訴えもない。なのに嫁の失踪の事実だけは確かなんだ。明らかに根回しされてんだよッ!これで何もなかったことにしろっていう方が無理な話だ。」
「なるほど。それでエカラートの屋敷に行ってきた訳ね。」
「あぁ。だが結局、屋敷に入ることも奴の姿を拝むこともできなかったがな。」
「警備が厳しかったのか?」
「なんせ敷地がでかくてな。単独でもあんま派手には動けねぇし、今日はとりあえず様子見だ。」
「そうか・・・・・・・・手ぇ、貸してやろうか?」
「・・・・・・・・・は?」
まぁ、その反応は尤もだ。
俺達の関係というのは『友人』とか『仲間』とか、そんな美しいものではない。
何故なら、目の前でいくら相手が悩んでいようが困り果てていようが、進んで助けてやろうなんて気は一ミリも起きないからだ。
そう、 あ く ま で『腐れ縁』。
いやむしろ、コイツの方はあまり俺を信用していないところがある。
街の秩序を守る保安と金で動く何でも屋。
胡散臭い仕事という自覚はあったから、あちらさんに警戒されても仕方がないし否定するつもりもない。
実際、保安の管轄だった仕事の件に首を突っ込む依頼を受けたのも確かなのだから。
そして各言う俺も、コイツら保安を信用してはいない。
所詮身分の高い者の圧力に阻まれれば身動き一つ取れないのだ。
秩序を守るなんて、見せかけだけの正義の看板をぶら下げているだけに過ぎない。
だからこそ俺のところに依頼が来る。他愛のないものから、それこそ保安も手出しできない危なそうなものまで・・・
それだけ住民達からの信用を得ていないにもかかわらず、未だ己可愛さに下級の立場から尻尾ばかり振っているのだから救いようがない。
目の前にいる、この仕事一直線真面目馬鹿を除いては―――
「・・・どういった風の吹きまわしだ?」
「だぁから、しっかり職務を全うしてる土方君に、銀さんが一肌脱いでやるって言ってんだよ。」
「バレバレな嘘こきやがって。ホントはんな理由じゃねーんだろうが。」
「・・・・・・・」
お察しの通り。
俺が他人の、ましてやこの男の労を労って無償で手助けしてやるなんて天地がひっくり返ってもあり得ない。
周囲が俺達を似た者同士と言うが存外否定できなくなってきた。
似た者同士故に、俺達はお互いを腹が立つくらい良く解っていた。
だからコイツには俺がつく大概の嘘が通用しない。逆もまた然り。
俺が自ら手を貸すときは、こちらに利があるとき。あるいは、目的が同じであるときのみ。
今回は後者。つまり、そういうことだ。
「『嫁いだ娘の様子を見てきてほしい。』」
「!?」
「さっき行ってきた依頼主からの依頼だ。」
「エカラートに嫁いだ嫁の両親か。」
「あぁ、娘さんとは手紙のやり取りをしていたらしいが数日前からそれが途絶えたんだと。」
「なるほど。保安は奴の件に関して一切動かないからな。それでお前の所に来た訳か。」
「まぁな。死んじまってるっつーのだけは考えたくないらしくてな、『辛いなら帰ってこい』って手紙を出したら、エカラートの従者が訪ねて来て、『娘さんはこちらで幸せに暮らしています。もう帰りたくはないそうです。』だとさ。」
「あからさまに怪しーじゃねぇか。」
「だが両親はそれを事実と信じたがってる。下手なこた言えねーよ。あくまで『様子見』。これが依頼内容だ。」
「で、その『様子見』っつーちゃちぃ仕事一つの為にてめぇはあの屋敷に侵入するってのか?」
「だからそのついでにおめぇの欲しがってる情報も探ってきてやるよ。もちろん情報量は貰うがな。」
「保安としちゃぁ、そんな危険な仕事見過ごすわけにはいかないんだがな。」
「んなの今更だろ。」
「相手は大量殺人犯かも知れねーんだぞ!」
「心配してくれんのはありがてーが、結局は動かなけりゃ何も解らず仕舞いだ。それに、おめぇは独断でも俺は仕事だ。責任があるんでな。ま、サクッと調べてくっから、大人しく街のパトロールでもしてりゃいいさ。」
「てめ、皮肉かよッ」
「別にんなんじゃねぇよ。じゃぁな。」
話も無理矢理感はあるがまとまったから家に帰ることにした。
土方の横を通り過ぎ林道の方へ向かう俺の背に土方の声がかかる。
「あ?」
「・・・・・気を付けろよ。」
「・・・ん、・・あぁ。」
えらく深刻な顔をしてそれだけ告げると、ソイツはスタスタと街の方へ戻っていった。
・・・・・アイツのああいうところ、俺は嫌いじゃなかったりする。
林道を抜け、我が家が見えてくると途端肩の力が抜けるような気がした。
それだけその場所が自分の居場所だと思える確かな証拠だ。
だが今回は簡単に肩の力を抜け切ることが出来なかった。
庭の前に停められた一台の立派な馬車。
俺の目は訝しげに細められる。
今度は一体どこのお偉いが何の用でうちに来てるってんだ?
胸中で文句を垂れながら玄関を開けて、そして最初に目に入ったのは
《緋色》
だった。
ダイニングのテーブル、こちらに背を向けて椅子に座っている男の正面には、脂汗を垂らし苦い表情を浮かべるヅラが座っている。
「銀時。お前に・・・客だ。」
俺が帰ってきたことに気付いていたヅラは目も合わせずそう告げた。
ヅラの正面に座っていた男がゆっくりと立ち上がり、緋色の髪を揺らしながらこちらに向き直る。
―――ゾクリ
悪寒・・・とは言い難い。言葉では言い表せない妙な感覚が背筋を撫でたようだった。
それ程の妙な雰囲気を目の前の男は持ち合わせていた。
世にも珍しい緋色の髪を細く一本に結わえたその男は、俺に対し柔らかな表情を浮かべる。
話に聞いていた通り、表情には幾分か幼さを残している。
が、貴族の衣装に身を包み悠然と立つ姿には貫禄の二文字が確かにそこにあるように思えた。
「待っていたよ。坂田、銀時―――」
俺の名を呼ぶと同時に男は微笑みを浮かべる。
温度を感じ取れないその冷たい微笑みに、俺は僅かでも恐怖を感じずにはいられなかった。
「シュヴー・・・エカラート―――」
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2話目終了でございます。
変に原作通りで;;;
万事屋→何でも屋
真選組→保安部
ま・ん・まッッ
兄ちゃんちょっとだけ;;orz
3話から色々動き出すと思います。
頼りになる奴ら→ご想像にお任せしますが柚浦の中ではウンケイ・カイケイが出てきました。←
貴族の衣装→雰囲気的には◯マな感じです。サラ・・・が一番近いかな・・・?
神威兄ちゃんの口調がイマイチわからないので上手い具合に日野さんの声を当てていただければと・・・←

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